はじめに
問題は「薬歴未記載」ではなかった
2010年代に発覚した、いわゆる薬歴未記載問題。
この言葉から、多くの人はこう想像します。
薬剤師が仕事をサボっていた
記録をしていなかった
患者に危険が及んだ
しかし、実際に現場で起きたことの本質は、そこではありませんでした。
この問題は、
制度違反そのものよりも、その後に発生した「返金対応」が現場を破壊した事件
だったのです。
1. 何が起きたのか

約17万件の薬歴未記載
この問題が広く知られるきっかけとなったのが、ドラッグストア大手、ツルハホールディングスの子会社、くすりの福太郎で発覚した事案です。
日本経済新聞の報道によると、
関東で運営する調剤薬局69店舗のうち48店舗で
約17万3515件の薬剤服用歴が未記載
2013年3月の社内調査で発覚
という、規模としても非常に大きな問題でした。
2. なぜ薬歴が未記載だったのか
重要なのは、その理由です。
報道内容を整理すると、次のような構図でした。
患者からの聞き取りは行っていた
内容はメモとしては存在していた
「後でパソコンに入力する予定」だった
しかし、そのまま放置されていた
つまり、
聞いていない
指導していない
というよりも、
入力作業が滞留していた
という性質の問題でした。
同社も会見で、
「システムに薬歴を入力する薬剤師の
認識や取り組みに差があった」
と説明しています。
3. 患者被害はあったのか
ここも、冷静に整理しておく必要があります。
同社は、
「現段階で患者の健康被害の報告はない」
と説明しています。
実際、この問題は薬害や重大な健康被害として扱われた事件ではありません。
にもかかわらず、社会的なインパクトは極めて大きなものになりました。
なぜか。
4. 本当の地獄は、その後に来た
問題の核心はここです。
薬剤服用歴が適切に記載されていなければ、
薬剤服用歴管理指導料
(当時、1回原則410円)
の算定根拠が揺らぎます。
つまり、
調剤報酬の一部が不適切請求だった可能性
が生じる。
その結果、同社は調剤酬の一部返納に追い込まれました。
ここから、現場では何が起きたか。
5. 返金対応という「事務処理災害」

返還が決まった瞬間から、現場は次の対応を迫られます。
対象患者の洗い出し
お詫び文書の作成
はがきでの返金案内送付
来局患者への窓口返金
来局できない患者への振込返金
問い合わせ電話・苦情対応
ここで重要なのは、
対象が17万件規模
だったという事実です。
一件一件は少額でも、
件数が多すぎる
方法が複数ある
一度で終わらない
結果として、
現場が回らない
という事態が発生しました。
6. 大手だから耐えられただけ

この問題は、
大手チェーン
親会社の資本力
本部機能
人員再配置
があったからこそ、なんとか収束しました。
実際、同社は
一部店舗の閉鎖
薬剤師配置の見直し
親会社による監督強化
といった、大きな組織再編まで行っています。
もしこれが、
中小規模の薬局
人手に余裕がない体制
だったらどうなっていたか。
想像は、そう難しくありません。
7. この事件が残した本当の教訓
薬歴未記載問題が教えてくれたのは、
薬歴は大切だ
記載は義務だ
という教科書的な話ではありません。
本当の教訓は、これです。
大規模な返金対応が発生した瞬間、現場は回らなくなる
不正かどうか
悪意があったかどうか
そんな議論は、
返金作業が始まった現場では意味を持ちません。
8. なぜ今、この話を振り返るのか
現在、
かかりつけ薬剤師指導料
地域支援体制加算
を巡って、
「適切に算定していれば問題ない」
という議論がよく聞かれます。
しかし、薬歴未記載問題が示したのは、
問題になるかどうかは、算定の正しさだけでは決まらない
という現実です。
レセプトで疑義が生じる
構造的に疑われる
個別指導に選定される
一部否定が全体に波及する
この流れは、当時とすごく似ています。
おわりに
歴史は繰り返さない。だが、韻を踏む。
薬歴未記載問題は、二度と同じ形では起きないでしょう。
けれど、
歴史は繰り返さない。
だが、韻を踏む。
返金対応が現場を壊す構図は、形を変えて、何度でも現れる可能性があります。
今回の
かかりつけ薬剤師指導料や
地域支援体制加算の問題も、
その延長線上にあります。
過去を知ることは、
未来を恐れるためではありません。
同じ韻を踏まないため
そのために、この事件を今、もう一度振り返っておく価値があるのです。

















