薬剤師を叩く前に 「いつもの薬を、受診せず薬局でもらう選択肢」をなぜ議論しないのか

最近、某大手ドラッグストアで薬剤師の時給が2000円という話題が出た。

薬剤師の時給が、静かに下がり始めている話 ウエルシアの求人が話題になった理由
調剤報酬は改定のたびに削られ、薬剤師業界は全体的に悲観ムードが漂っている。
そこへ追い打ちをかけるように、世論では
薬剤師はいらない
同じ薬を出すだけ
AIで十分
といった薬剤師不要論が、やけに元気だ。
業界の人間でなくても、「またこの話か」と思った人は多いだろう。
でも、ここで一つだけ強く思う。
その叩き方、論点がズレていないか?
思考停止で繰り返される「いつもの30日」

いつもの血圧の薬をもらうために、今日も30日分、病院を受診する。
症状は変わっていない。
体調も安定している。
副作用も特にない。
それでも、
受診して
処方箋をもらい
薬局で同じ薬を受け取る
この一連の流れを、患者さん達はほとんど考えずに繰り返している。
ここで一度、立ち止まって考えてほしい。
本当に毎回、受診が必要な状態なのだろうか?
入口は自己判断、途中から判断不可という矛盾

そもそも医療の入口は、最初から患者の判断だ。
症状が出た
病院に行くか決めた
行かない選択もできた
市販薬で済ませる判断もできた
この段階で、国も医療も誰も止めていない。
つまり制度は最初から
「患者は自分で判断できる存在」
として扱っている。
ところが一度受診した瞬間、
「継続するかどうかは、あなたが決めてはいけない」
という扱いに変わる。
入口では判断できていたのに、途中から急に判断能力を失う。
冷静に考えて、かなり不自然だ。
薬局では分からない。だから議論が止まる

ここで誤解してはいけない。
薬局では、
本当に今回受診が必要だったのか
受診を省略してよい状態なのか
判断できない。
薬剤師には、
その権限も
その情報も
その制度も
与えられていない。
だから薬局では、「処方箋どおりに薬を出す」という行為しかできない。
その結果、
薬剤師、いらなくない?
という声だけが目立つ。
でもそれは、一段階手前の問題をすっ飛ばしている。
本当に言うべきなのは「薬剤師いらない」じゃない

世論が向けるべき問いは、職種の要不要ではない。
本当の論点は、これだ。
「今回は受診を省略して、
いつもの薬を薬局でもらう選択肢があってもいいのでは?」
心配な人は受診する。大丈夫だと思う人は薬だけもらう。
選ぶのは患者自身。
自分の体は自分が一番わかっている、
と普段はよく言うのに、その判断権だけが制度の中から消えている。
そこで、
「こんな薬飲んでるんだから、半年に一回は血液検査必要だし、受診しなきゃまずいよ」
とか
「毎回酸化マグネシウムとミヤBMだから、便がちゃんと出てれば今回は薬だけでもいいんじゃない?」
とか、
「毎年この時期花粉でアレグラ飲んでるから、今回は最初薬だけで様子見てもいいんじゃないですか?」
とか
相談ができるわけよ。
しかも薬剤師への相談は保険点数は0点、無料でやる。
この議論が進めば、全員が得をする

もしこの議論が世論として育てば、
不要な受診が減る
医療費が下がる
医師は本当に必要な患者に集中できる
薬剤師は「ただ出す人」ではなく判断を支援する役割に変わる
国民にとってのメリットは、正直かなり大きい。
それなのに今は、
薬剤師を叩いて
スッとした気分になって
自分の判断権は戻ってこない
という、一番もったいない方向に進んでいる。
まとめ:叩く前に、前向きな議論をしよう
これは、薬剤師を守る話でも、医師を批判する話でもない。
「自分で選ばせろ」
この声を世論として育てるだけで、
医療の使われ方
薬剤師の役割
国民の負担
全部が変わる可能性がある。
「薬剤師いらない」と言って終わるのは簡単だ。
でもそれでは、何も前に進まない。
どうせ声を上げるなら、叩く方向じゃなく、もっと前向きな議論を盛り上げていこうぜ。














